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札幌地方裁判所 平成2年(ワ)506号 判決

原告

甲野一郎

右訴訟代理人弁護士

三津橋彬

笹森学

右訴訟復代理人弁護士

佐藤博文

被告

右代表者法務大臣

後藤田正晴

右指定代理人

都築政則

外六名

主文

一  被告は、原告に対し、金五〇万円及びこれに対する平成元年八月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一二分し、その一一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金六〇〇万円及びこれに対する平成元年八月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  担保を条件とする仮執行免脱宣言。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(1) 原告は、昭和六三年一〇月六日以来、北海道旭川市〈番地略〉所在の旭川刑務所(以下、「本刑務所」という)に収容されている受刑者である。

(2) 被告は、平成元年八月四日当時、その公権力の行使に当たる公務員として、本刑務所に、所長塚本武夫(以下、「塚本所長」という)以下の職員を配置していた。

2  本件違法行為に至るまでの経緯

原告は、平成元年八月四日午後五時すぎころ、本刑務所第二舎一階第八房において、布団を整理する作業をしていたところ、右作業を始めて間もなく、同房のA(以下、「A」という)から、後方より「甲野さん。」と呼びかけられたため振り返ったところ、突然、顔面を数発殴られ、失神した。Aは原告に対し、同房のB(以下、「B」という)に止められるまで、七、八度あまり殴る蹴るの暴行を加えた。原告は、右暴行により、加療約二週間を要する右小鼻挫創、右頬挫傷、上下口唇挫創、口の上の挫創、前歯一本折損、前歯一本ひびわれ、左後頭部打撲等の傷害を負った。

3  塚本所長及び職員の違法行為

(1) 金属手錠及び革手錠の使用行為並びに保護房拘禁行為

① 原告は、Aの右暴行により転倒し、顔や口から血を流していたところ、本刑務所職員である監督部長吉沢克行の指示で、本刑務所職員(以下、「職員」という)により、両手後に金属手錠を掛けて引き起こされ、左右の腕を掴まれ、裸足のまま、第八房から保安課調室に連行された。その間、原告は、興奮して怒鳴ったり、連行に抵抗したりしなかった。

② 原告は、第二舎から保安課調室に連行されていく途中、洗濯工場前廊下において、本刑務所内の工場から舎房へ戻る受刑者が一列行進をしている状況を視察している塚本所長とすれ違った。原告を見た塚本所長は、看守に対し、「なにやっているんだ。(原告に)革手錠を掛け、保護房に入れておけ。」と命令した。

③ 本刑務所保安課長夏川二郎(以下、「夏川保安課長」という)は、保安課調室において、原告の傷の状態を確認したが、原告が突然背後から暴行を受けたことを訴えても、右暴行の経緯について詳しく事情聴取することもなく、ただ「どうしたんだ。」「お前もやったのか。」等と言うだけだった。職員は、同室において、金属手錠を後手にかけられて起立している原告をカメラで撮影をしたが、その負傷部位に手当てをすることはなかった。夏川保安課長は、同室において、塚本所長の右命令に基づき、看守に命じて、原告に対し、金属手錠に代えて、革手錠を右手前左手後の状態で掛けて使用させた。その間、原告は興奮した状況になかった。なお、夏川保安課長は、原告が保安課調室に連行されてから保護房に拘禁されるため同調室を出るまで、ずっと同調室にいた。

④ 原告は、その後、本刑務所保護房第一房に連行され、平成元年八月四日午後五時ころから同月七日正午ころまでの間、右革手錠で拘束されたまま、食事や用便、睡眠の際もこれをはずされることなく、拘禁された。すなわち、原告は、革手錠により両手を上体の前後で固定され、馬具のようなベルトで厳しく胴体を締めつけられたことによる不自由さと苦痛のため、拘禁中の四日間は僅かしか睡眠を取ることができず、用便の様子まで保護房内のテレビカメラで常時監視されたため、大便を我慢することを余儀なくされたうえ、小便をするにも耐えがたい精神的苦痛を味わい、革手錠による拘束のために用便の際にズボンを上げ下げすることも自ら尻を拭くこともできない状態となり、不潔な状態で放置され、さらに、革手錠による拘束のために、食事をとろうとすれば犬猫のようにはいつくばって口で直接食物を摂取するほかなく、両手が拘束されているため紙パック入りの牛乳やビニール袋入りのパンを開封できず、また、口の中が痛むため、まったく食事を摂取できなかった。その間、運動、入浴も許されず、負傷部位に対する手当ては、同月七日昼頃に医務課の医師による診察を受けるまで、一度もされなかった。

(2) 金属手錠及び革手錠の使用行為並びに保護房拘禁行為の違憲、違法性

原告に対する右の金属手錠及び革手錠使用行為並びに保護房拘禁行為は、以下のとおり違憲、違法である。

① 金属手錠使用行為の違法性

金属手錠は、監獄法一九条、同法施行規則四九条にいう戒具であり、同法一九条一項によれば、「在監者逃走、暴行、若クハ自殺ノ虞アルトキ又ハ監外ニ在ルトキハ戒具ヲ使用スルコトヲ得。」と規定されているところ、原告には、右にいう「逃走、暴行、若クハ自殺ノ虞」はなかった。

すなわち、原告はAの暴行の一方的な被害者で、意識が朦朧とし、傷害を受けて治療を要する状態にあったうえ、職員によりAの暴行から救われたのであるから、職員に対して抵抗する意欲も体力もない状態であり、職員に対する暴行のおそれはなかったし、また、職員が原告に金属手錠を使用した時点では、職員が既にAを制圧しており、原告はAの暴行により失神していたのであるから、Aに対する報復の暴行のおそれもなかった。さらに、原告には自殺をする原因も動機もないから自殺のおそれもなく、逃亡のおそれもなかった。

したがって、職員が原告に対して金属手錠を使用した行為は、同条同項に反し違法である。

また、同法施行規則四九条一項によれば、「戒具ハ所長ノ命令アルニ非サレハ之ヲ使用スルコトヲ得ス。但緊急ヲ要スルトキハ此限ニ在ラズ。」と規定されているところ、職員は、所長の命令に基づくことなく、しかも、原告に何ら暴行や自殺のおそれがなく金属手錠使用の緊急の必要性がないにもかかわらず、単に、在監者のけんか事犯であると判断した場合に機械的に金属手錠を使用するという本刑務所の慣行に基づいて、原告に対し、金属手錠を使用したものであるから、同条同項に反し、違法である。

② 革手錠使用行為の違法性

革手錠も監獄法一九条一項にいう戒具であるところ、原告には、前記①のとおり、同条にいう「逃走、暴行、若クハ自殺ノ虞」はなかった。したがって、塚本所長が、職員に命じて原告に対し革手錠を使用させた行為は、同条同項に反し、違法である。

③ 保護房拘禁行為の違憲・違法性

ア 法的根拠の不存在

保護房は、現行法上これを設置使用する根拠となる規定が存しないから、原告を保護房に拘禁した行為自体、法律の根拠なくして原告の人権を侵害するものであり、違憲である。

イ 監獄法一五条及び同法施行規則四七条の違憲性

仮に保護房拘禁の根拠が、監獄法一五条、同法施行規則四七条であるとすれば、右各規定は以下のとおり違憲である。すなわち、監獄法一五条はほとんど限定のない一般的、抽象的、包括的な規定であって曖昧、不明確であるから、憲法三一条に反し、違憲である。そして、監獄法一五条は委任規定ではなく、同条に基づいて同法施行規則四七条を規定することはできないが、仮にこれを委任規定であるとするならば、同条は著しく包括的な白紙委任規定であるから、憲法一一条、一三条、一四条、三一条、四一条に反し、違憲である。また、同法施行規則四七条は、憲法一三条、三一条の明確性の原則に反し、違憲である。

ウ 要件の不存在

監獄法施行規則四七条は、「在監者ニシテ戒護ノ為メ隔離ノ必要アルモノハ之ヲ独居拘禁ニ付ス可シ。」と規定し、昭和四二年一二月二一日付矯正局長通達矯正甲一二〇三「保護房の使用について」は、被拘禁者の要件として、「(1)逃走、暴行・傷害、自殺、自傷のおそれがある者、制止に従わず、大声または騒音を発する者及び房内汚染、器物損壊等異常な行動を反復するおそれがある者で、普通房内に拘禁することが不適当と認められる被収容者に限ること。」と規定しているところ、原告は、前記①のとおり、逃走、暴行、傷害、自殺または自傷をするおそれはなく、制止に従わないで大声または騒音を発したこともなく、房内汚染、器物損壊等の行動を反復するおそれもなく、また、普通房内に拘禁することが不適当でもなかった。したがって、塚本所長が職員に命じて原告を保護房に拘禁させた行為は、同規則四七条、右通達、ひいては同法一五条に反し、違法である。

エ 監獄法施行規則二三条違反

監獄法施行規則二三条は、「独居拘禁ニ付セラレタル者ハ他ノ在監者ト交通ヲ遮断シ召喚、運動、入浴、接見、教誨、診療又は已ムコトヲ得サル場合ヲ除ク外常ニ一房ノ内ニ独居セシム可シ。」と規定しているところ、原告は保護房拘禁中、運動、入浴、診療などを禁止されていたから、原告に対する保護房拘禁行為は、同条に反し、違法である。

オ 監獄法施行規則二六条は、「在監者ノ精神又ハ身体ニ害アリト認ムルトキハ在監者ヲ独居拘禁ニ付スルコトヲ得ス。」と規定しているところ、原告は、保護房に拘禁される際、少なくとも口唇打撲、口内裂傷の傷害を受けていたのであるから、原告に対する保護房拘禁行為は、同条に反し、違法である。

カ 適正手続違反

原告に対する保護房拘禁行為は、原告がAの暴行の一方的な被害者であり、保護房に屏禁される懲罰事由はなかったにもかかわらず、適正手続を欠いたまま実質的に懲罰といえる不利益な処分を科したものといえる。したがって、塚本所長が職員に命じて原告を保護房に拘禁させた行為は違法である。

④ 革手錠及び保護房の併用行為の違憲・違法性

ア 原告に対し保護房と革手錠を併用したことは、睡眠、用便、食事など、人間としての最も基本的な権利を著しく侵害し、人間として尊厳を犯すものであって違憲である。すなわち、原告は、保護房において、革手錠により両手を上体の前後で固定され、馬具のようなベルトで厳しく胴体を締めつけられたことによる不自由さと苦痛のため、拘禁中の四日間は僅かしか睡眠を取ることができなかった。また、原告は、用便の様子まで保護房内のテレビカメラで常時監視されたため、大便を我慢することを余儀なくされたうえ、小便をするにも耐えがたい精神的苦痛を味わい、革手錠による拘束のために用便の際にズボンを上げ下げすることも自ら尻を拭くこともできない状態となり、不潔な状態で放置された。さらに、原告は、革手錠による拘束のために、食事をとろうとすれば犬猫のようにはいつくばって口で直接食物を摂取するほかなく、紙パック入りの牛乳やビニール袋入りのパンは両手を拘束されているため開封できず、摂取できなかった。したがって、塚本所長が職員に命じて、原告に対し、革手錠を使用したうえ保護房に拘禁した行為は違憲である。

イ 昭和三二年一月二六日付矯正局長通達矯正甲六五「手錠及び捕じょうの使用について」によれば、「使用上の心得」として、「1 著しく苦痛を伴うような不自然な姿態を強いる等の方法で使用しないこと。2 戒具以外の物と連結し、又は戒具以外の物と併せ用いないこと。3 必要以上に緊度を強くし、使用部位を傷つけ、又は著しく血液の循環を妨げることがないようにすること。4 使用中は徒らに放置することなく、視察をひんぱんに行うとともに進んで面接指導をなし、精神の安定をはかるようにつとめること。5 使用した場合は、時間の長短を問わず、使用の事由、手錠又は捕じょうの種類、使用方法、使用日時及び解除日時は一定の帳簿に、使用中の特異な動静は視察表に記載すること。」と規定されているところ、原告に対する措置については、原告は、保護房に拘禁された上革手錠を使用されて四日間も放置された結果、革手錠の使用により著しい苦痛を受け、不自然な姿態を強いられたから、右1の規定に反し、原告は革手錠と併せて保護房に拘禁されたから、革手錠及び保護房の併用行為として右2の規定に反し、原告は革手錠をめいっぱいきつく締められ四日間使用され続けたために、手首を擦りむき、同一の姿勢を強いられていたために関節等が痛む状態にされたから、右3の規定に反し、原告は保護房において、頻繁に視察を受けることも面接指導を受けることもなく四日間放置されたから、右4の規定に反し、本刑務所当局は革手錠の使用につき事実に反する記載をしたから、右5の規定に反し、いずれも違法である。

また同通達によれば、手錠の「使用方法4」として、「(1)被使用者の食事及び用便等にあたっては、施錠を一時はずして用を弁ぜしめること。(2)右により難い場合には、できるだけ次のような配慮をすること。イ 革手錠のバンドをゆるくする。ロ 片手の施錠をはずす。ハ 両手を前にする。」と規定されているところ、原告は、食事及び用便にあたって右各措置を受けたことはないから、本刑務所の措置は右規定に反し、違法である。

ウ 保護房拘禁態様の違法性

昭和四二年一二月二一日付矯正局長通達矯正甲一二〇三「保護房の使用について」は、その(2)ないし(8)として、「(2)事前に施設の長の許可を要し、急速を要しその暇のないときは、使用後直ちにその旨を報告すること。(3)精神または身体に異常のある者については、医師が診察し、健康上害がないと認められるときでなければならない。ただし急速を要し、予め医師の診察ができないときは事後直ちに診察すること。(4)医師は随時視察を励行し、必要に応じて診察すること。(5)担当職員は、収容者の動静を綿密かつ頻繁に視察し、その状況を記録するとともに上司に報告すること。(6)保護房収容は七日間を超えてはならない。但し、必要ある場合三日毎に更新する。保護房収容の事由が消滅したときは、直ちに拘禁を解除すること。(7)戒具の使用は特別に必要がある場合に限られ、鎮静衣・防声具の使用は禁止されること。(8)保護房への収容、期間の更新、収容の解除について、被収容者身分帳(視察表)にその事情を記録するほか、保護房使用書留簿に所定事項を記録すること。」と規定しているところ、仮に被告の主張するように夏川保安課長が独自の判断で原告を保護房に拘禁したとすれば、原告を保護房に拘禁するについて急速を要する事由はなかったから、夏川保安課長が原告を保護房に拘禁した行為は右(2)の規定に反し、原告は受傷していたにもかかわらず、保護房解除に至るまで何ら医師による視察及び診察を受けておらず、しかも医師が原告を診察できなかった理由もないから、本刑務所の右措置は右(3)(4)の各規定に反し、職員は綿密かつ頻繁に原告の視察をすることはなく、虚偽の記録を作成しているから、職員の右措置は右(5)の規定に反し、本刑務所当局は保護房拘禁期間中、その拘禁の事由について検討したことはなかったから、本刑務所の右措置は右(6)の規定に反し、原告に戒具を併用すべき特別の必要はなかったから、原告に戒具と保護房を併用した行為は右(7)の規定に反し、本刑務所当局は、視察表及び保護房使用書留簿に虚偽記載をしているから、右行為は、右(8)の規定に反し、いずれも違法である。

⑤ 違法性の判断について

金属手錠及び革手錠の使用並びに保護房への拘禁措置の違法性を判断するにあたっては、右各措置が受刑者の基本的人権を侵害するものであることから、これを刑務所長の自由裁量に属するものとすることは許されず、一義的明確に判断しなければならない。

すなわち、まず戒具使用についての監獄法一九条、同法施行規則四九条は、基本的人権に対する侵害行為を適法化するための根拠規定であるから、刑務所長の権限を覊束していて、その要件に該当するかどうかは客観的判断事項であり、厳格に一義的に判断されなければならない。そして、その際の判断基準としては、国連被拘禁者処遇最低基準規則三三条cの「被拘禁者が自己もしくは他人に危害を加え、または財産に損害を与えることを防止するため、他の手段によって目的を達することができない場合において、施設の長の命令によるとき。この場合においては、施設の長は、直ちに医官にはかり、かつ、上級官庁に報告しなければならない。」との規定によらなければならない。

また、保護房拘禁については、監獄法一五条、同法施行規則四七条、昭和四二年一二月二一日付矯正局長通達矯正甲一二〇三が規定しているが、右各規定は、その内容を明確にする趣旨で定められたものであるから、右趣旨からして、保護房拘禁の判断について刑務所長の自由裁量を認めるものではなく、厳格かつ客観的に一義的に判断しなければならない。

(3) 故意又は過失

① 故意

職員は、原告がAの一方的暴行により負傷した被害者であることを知り、かつ被害者である原告には、逃走・暴行・傷害・自殺または自傷をするおそれがないことを認識しながら、あえて原告を金属手錠で拘束した。

塚本所長及び職員は、原告がAの一方的暴行により負傷した被害者であることを知り、かつ被害者である原告には、監獄の規律に対する目前にして急迫な侵害の危険が存在せず、逃走・暴行・傷害・自殺または自傷をするおそれも、房内汚染・器物損壊等の行動を反復するおそれもなかったことを認識しながら、あえて原告を革手錠で拘束して保護房に拘禁し、同月七日正午ころまで右拘束及び拘禁を継続した。

② 過失

塚本所長及び職員は、受刑者の身体精神の安全を保護し受刑者に対して違法な制裁または違法な処遇を課することのないように注意すべき職務上の注意義務を負っていたところ、看守、原告及び本件暴行を目撃した他の受刑者から右暴行についての事実経過を冷静に聴取すれば、原告が右暴行の一方的被害者であることを知り、かつ右暴行の被害者である原告には、監獄の規律に対する目前にして急迫な侵害の危険が存在せず、逃走・暴行・傷害・自殺または自傷をするおそれも、房内汚染・器物損壊等の行動を反復するおそれもないことを認識することができたにもかかわらず、原告及び本件暴行事件を目撃していた他の受刑者に対し事情聴取をすることもなく、右暴行事件がAと原告の喧嘩闘争事件であり、原告を革手錠で拘束しかつ保護房に拘禁するべき適法な理由があるものと誤信して、原告を革手錠で拘束して保護房に拘禁し、同月七日正午ころまで右拘束及び拘禁を継続した。

4  被告の責任原因

職員が原告に対し金属手錠を使用した行為及び塚本所長及び職員が原告に対し革手錠を使用し保護房に拘禁した行為は、被告の公権力の行使にあたる公務員がその職務を行うについてしたものであるから、被告は、原告に対し、職員及び塚本所長が原告に対してなした前記違法行為によって原告が被った後記損害を賠償すべき責任がある。

5  損害

(1) 慰謝料 金五〇〇万円

原告は、前記違法行為により身体的肉体的に耐えがたい苦痛を受けた。原告の右精神的損害に対する慰謝料は、金五〇〇万円が相当である。

(2) 弁護士費用 金一〇〇万円

原告は、本件訴訟の追行を弁護士三津橋彬及び同笹森学に委任したが、その弁護士費用としては金一〇〇万円が相当である。

6  よって、原告は被告に対し、国家賠償法一条一項に基づき、右慰謝料及び弁護士費用の合計金六〇〇万円及びこれに対する本件不法行為の日である平成元年八月四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1は認める。

2  請求原因2のうち、原告が、平成元年八月四日、本刑務所第二舎一階第八房において、布団を整理する作業をしていたこと、同日原告が受傷した事実は認めるが、その余は不知ないし否認する。原告とAのけんかを本刑務所の職員が現認したのは、同日午後四時四五分ころであり、原告が負った傷の内容は、口唇打撲、口内裂傷及び補綴物破損(義歯破損)であった。

3  請求原因3(1)①のうち、職員が裸足の原告を後ろ手に金属手錠を使用して保安課調室へ連行したことは認め、その余は否認する。同②は否認する。同③のうち、金属手錠を後手に使用され起立している原告をカメラで撮影したことは認め、その余は否認する。同④のうち、平成元年八月四日午後四時五三分から同月七日午後零時六分までの間、原告が、革手錠で拘束されたまま、食事、用便、睡眠の際もこれをはずされることなく、保護房において拘禁されたこと、原告には革手錠による身体の自由の拘束があったこと、原告は保護房において常時テレビカメラで監視されており、保護房拘禁期間中は大便をしなかったことは認め、その余は否認する。

4  請求原因3(2)①のうち、金属手錠が監獄法一九条一項所定の戒具であること、同条及び同法施行規則四九条一項が原告主張のように規定していることは認め、その余は否認する。同②は、革手錠が監獄法一九条一項にいう戒具であることは認め、その余は否認する。同③のうち、ア、イは争い、ウは、監獄法施行規則四七条及び昭和四二年一二月二一日付矯正局長通達矯正甲一二〇三「保護房の使用について」が原告主張のように規定していることは認め、その余は否認し、エは監獄法施行規則二三条が原告主張のように規定していることは認め、その余は否認し、オは、監獄法施行規則二六条が原告主張のように規定していることは認め、その余は否認する。カは否認する。同④のうち、アは、原告には革手錠による身体の自由の拘束があったこと、原告は保護房において常時テレビカメラで監視されており、保護房拘禁期間中は大便をしなかったことは認め、その余は否認し、イは、昭和三二年一月二六日付矯正局長通達矯正甲六五「手錠及び捕じょうの使用について」が原告主張のように規定していること、食事及び用便にあたって、革手錠の両手の施錠を一時外しあるいは片手の施錠を外し、あるいは両手を前にしたことはなかったことは認め、その余は否認し、ウは、昭和四二年一二月二一日付矯正局長通達矯正甲一二〇三「保護房の使用について」が原告主張のように規定していることは認め、その余は否認する。同⑤は争う。

5  請求原因3(3)①②は否認する。

6  請求原因4のうち、塚本所長が原告に対し革手錠を使用し保護房に拘禁した行為が、被告の公権力の行使にあたる公務員がその職務を行うについてしたものであることは認め、その余は争う。

7  請求原因5(1)は否認し、同(2)は知らない。

三  被告の主張

1  原告に対し金属手錠及び革手錠を使用し、保護房に拘禁した経緯

(1) 職員は、平成元年八月四日、原告が工場での作業を終了して同房の受刑者三名とともに本刑務所第二舎一階第八房に戻って間もないころに同房を含めた同舎の閉房点検をしていた際、同居房内からバタバタという異様な物音がしたため、直ちに同房に走り寄り、同房廊下側窓から房内を視察したところ、Aと原告が房内の中央付近から南側角の小机とふとんの間にもつれあうように移動し、原告が両膝を突き、前屈になり、両手で顔面を抱え込んだところを、Aが原告を背後から二、三回足蹴りし、両手挙で原告の後頭部を連続数回殴り、BがAの背後からAの腰に飛びつき、三名が重なりあってもつれあっているのを目撃した。職員はその状況から喧嘩と判断し、「やめろ。」、「鍵あけろ。」「非常ベル。」と大声を発し、これを制止すべく居房を開房し、A、原告、Bの三名をそれぞれに制止しようとしたが、Aが制止にもかかわらず暴れたため、同人に対し両手後に金属手錠を使用して、まず、房外に連行し、次に、Bを房外に連行後、同人に対し両手後に金属手錠を使用した。職員は、続いて、原告を出房させようとしたところ、原告は顔面を蒼白にし、大声で「あの野郎、覚えておけ。」等と怒鳴り、Aが連行されていった廊下の方向をにらみつけ、職員一名に背後から制せられている両腕を振りほどこうと身体を激しく振るなどして暴れ、極度の興奮状態を示した。夏川保安課長は、現場付近に居合わせ、原告ら三名の重なり合いもつれ合った状態を含めて原告の言動を現認し、右もつれ合いの原因及びそれに関する各人の関与の度合が不明であったものの、原告の右状況からA及び職員に対する暴行のおそれが十分にあると認め、同日午後四時四六分、原告に対し、居房内にいた部下職員を指揮して両手後に金属手錠を緊急使用した。

(2) 塚本所長は、右事件が発生した際、本刑務所内を一人で巡視中であったが、右事件を契機とする異常な物音を聞き、職員が緊急時に示す走るなどの行動をとるのを見て、直ちに二舎一階に駆けつけ、同所第九房付近から、原告が第八房から連れだされていくところを背後から現認した。原告は、その際、両手後に金属手錠を使用され、二名の職員によってそれぞれ片腕ずつ腕がらみ(職員の左(右)手で受刑者の右(左)手首をその背後に下からねじ曲げ、右(左)手を受刑者の右(左)腕の上から中に差し入れ、自分の左(右)手首をつかむという方法による腕の制圧方法)で制圧されていたが、右連行しようとしている二人の職員に体当たりするようにして激しく左右に肩を揺すり、連行されまいと足を踏ん張ったりし、また、周囲の職員から「静かにしろ。」と口頭で注意されても全く従わず、「あの野郎。」とか、「Aの野郎。」などと大きな怒声を張り上げ、極度の興奮状態を示していた。塚本所長は、原告の右のような状況を現認し、暴行のおそれを認め、原告が金属手錠を施されていることを現認したうえ、直ちに革手錠を使用して保護房へ収容することが適切と判断し、五、六メートル前方にいた夏川保安課長に対し、原告に「革手錠を使用して、保護房に拘禁しろ。」と指示を発した。

(3) 塚本所長の右指示は当時の喧騒状態の中で夏川保安課長の耳には届かなかった。夏川保安課長は、可能なかぎり原告から事件について事情聴取するため、同人を保安課調室に連行しようとしたが、原告が右のような状況で自分では歩こうとしなかったため、前記二名の職員に加えて職員一名に原告の腰を後から押させて同人を歩かせ、右調室へ連行した。原告は、右連行途中においても、「Aの野郎。」等と語気荒い口調で言い放ち、身体を左右に振ったり、両足を交互に突っ張るなどしてその連行に抵抗した。

(4) 原告は、右調室への連行後においても、肩を左右に振って職員に制止されている腕を振りほどこうとしたり、また、夏川保安課長から「どうした。」と精神状態等確認のために声を掛けられると、「Aにいきなりやられた、あの野郎許せない。」などと語気鋭く吐き捨て、身体を小刻みに振るわせ、顔面を蒼白にし、極度の興奮状態をつのらせている状況にあった。夏川保安課長は、多少の時間を置くことによって原告の興奮が収まる可能性があるのではないかと考え、いったん、管理部長に原告の動静報告をするため同部長室へ出向いたところ、同部長室には同部長とともに塚本所長も同席していた。

夏川保安課長は、塚本所長に対し、「喧嘩事犯による非常ベル通報により、三工場のA、B、甲野を連行した。最初に連行したAは暴行のおそれが著しく直接保護房に拘禁した。二番目にBを調室に連行したが、止めに入っただけと答えているものの、興奮状態が激しく、暴行のおそれがあるため革手錠を使用して独居房に拘禁する旨指示した。そして、三番目に甲野を調室に連行したが、殴られただけと答えているが、同人は、興奮状態がその極みに達し、暴行のおそれがあり、鼻血がついている。」旨報告(以下「第一報告」という。)して調室に戻った。

(5) 塚本所長は、夏川保安課長の右報告から、本刑務所二舎一階に駆けつけた際、先に連行されていた者がBであり、居房から出てきた者が原告であることを確認するとともに、その報告時においても、原告が、けんか事犯発生直後に第二舎第八房の前付近で現認した時と同じような状態にあり、そのとき指示した「革手錠を使用して、保護房に拘禁しろ。」の必要性が継続しているものと判断した。そして、塚本所長は、第二舎一階で自身で見た状況からしても、Bより原告のほうが暴行のおそれが顕著であって、同人については、革手錠を使用し、空いている保護房へ拘禁するものと受け取り、それを確認する意味で、また、Bについては、右報告内容のとおりの措置について承認を与える意味で、夏川保安課長に対し、「はい。」とだけ答えた。

(6) 原告は、夏川保安課長が管理部長室から右調室に戻った後も、極度の興奮状態を示し、肩を左右に振り職員が制している腕を振りほどこうとする動作を反復するなど、職員に対して暴行を加えるおそれが十分に認められた。夏川保安課長は、原告の動静、精神状態を勘案すると、使い方によっては暴行や自損自傷の道具となりうる金属手錠より安全性の高い革手錠に変更した方がよいと思い、自らの判断で原告に対する戒具を金属手錠から革手錠に変更することにし、部下職員を指揮して両手後に革手錠を使用した。

(7) 原告は、革手錠を両手後に使用された後も、顔面を蒼白にし、身体を振るわせ肩を左右に振り、職員をにらみつけ、今にも職員に飛び掛かって暴行を加える気勢を示すなど、精神状態の不安定から突発的な異常行動を惹起することが十分に予測された。そのため、夏川保安課長は、原告の右のような動静、精神状態及び未決時において自殺未遂歴があること等を勘案して、これ以上本件けんか事犯に関する事情聴取を継続することは不可能と判断し、同日午後四時五三分、同人を本刑務所保護房第一房に拘禁することとした。

(8) 夏川保安課長は、右調室内での原告の状況を踏まえ、同人を調室から保護房へ連行するに当たっても、右調室へ連行した時と同様に、原告の左右の腕を二名の職員がそれぞれに腕がらみに制し、あと一名の職員が原告の腰の部分を後から押すようにして、その周辺にも数名の職員が位置しながら、保護房に連行させた。しかし、原告は、その際も、両足を交互に突っ張るなどして連行職員に終始抵抗していた。

(9) 夏川保安課長は、原告を保護房に拘禁した後、再び管理部長室へ赴き、塚本所長に対して、先の二舎八房での件は、「けんか事犯」であったこと、事件者三名について緊急戒具(金属手錠)を使用し、その後革手錠に変更したこと、A及びBは保護房へ拘禁し、Bは独居房へ拘禁したこと、そして、それぞれの措置を採った時間、また、甲野については、准看護士による応急措置を施したこと、そして、甲野が未決で拘禁されていた時に自殺を企図したことがあることの各報告(以下「第二報告」という。)をした。塚本所長は、夏川保安課長の右報告を承認し、同報告を受けた後直ちに原告の身分帳を取り寄せ、その事実の存在を確認し、同課長に対して、そのような自殺歴のある被拘禁者は、精神的不安定になり突発的な行動を起こす可能性もあるので、事故が生じないよう拘禁中の原告の動静には十分注意するよう指示するとともに、そのことを保安課職員にも周知徹底するようにとの指示を与えた。

夏川保安課長は、右報告後、同日中に視察表及び戒具使用書留簿に金属手錠を使用し、それから革手錠に変更したことを記載し、また、視察表及び保護房使用書留簿に原告を保護房へ拘禁したことを記載した。

2  保護房拘禁後の原告の状況

(1) 平成元年八月四日

① 保護房拘禁後、直ちに准看護士の医務課職員が、原告の負傷部位にヒビテン消毒液及びルゴール液塗布の応急措置を施した。しかし、その際にも、原告には、暴行のおそれがあったので、職員二名により原告を座らせ、かつ両肩を抑えながら右応急措置を実施した。

② 保護房拘禁後まもないころ、職員が夕食のパンやスプーンを手にとって原告に食べさせようとしたが、原告は「そんなもの食えるか。」と怒鳴りちらしてこれを拒否した。

③ その後、職員が、原告の食事及び用便等の便宜を図るため革手錠を右手前左手後に変更したが、職員の右作業中も、原告は右職員をにらみつけ、原告の両肩を抑えている職員の手を振り払って職員に立ち向かうため立ち上がろうとする態度を示すなど、職員に対する暴行のおそれはなお十分に認められた。

④ 午後八時三〇分ころ、保護房内のマイクを通じ、原告の「オーイ、オーイ、水。」と叫ぶ声を感知して、職員が水を出すべく保護房に出向いたところ、原告は、「水くれ。」と語気鋭く申し出た。

⑤ 職員は、保護房内の原告を、おおむね一五分に一回の間隔で、保護房の視察口から視察していたが、原告は、職員の視察に気が付くと鋭くにらみつけてきた。

(2) 同月五日

① 午前、武田警備隊長等が巡回視察した際、原告は視察に気付くと鋭くにらみつけ、壁の寄り掛かっていた状態から、片膝を立て腰を浮かせる動静をした。

② 原告の職員に対する言葉使いは横柄で、「便所の水流せ。」などと語気荒く吐き捨てるように言っていた。

③ 午後一時ころ、職員が巡回視察した際、原告は壁に後頭部と背中をもたせかけ、足を投げ出した状態で座っていたが、職員の視察に気付くと即座に頭を壁から離し、鋭い目つきでにらみつけた。

④ 原告に夕食を配った際、警備隊長が原告に対し、食事をするように指導したが、原告はこれを無視し、無言でふて腐れていた。

⑤ 午後八時ころ、職員が巡回視察した際、原告はなにやらぶつぶつ言っていたなどの言動があり、心情はなお不安定な状態であることが認められた。

⑥ 職員が食事を下げる際に確認したところによると、原告は朝食は副食約三分の一を喫食、昼食は不喫食、夕食は主食副食共約五分の一を食べていた。

(3) 同月六日

① 午前一〇時三〇分ころ、職員が巡回視察した際、原告は、視察に気付くと鋭くにらみつけ、「便所の水流してくれ。」と語気荒く言った。

② 原告が同日の朝食と昼食を続けて不食したため、午後零時過ぎころ、職員が昼食を食べるように指導するが、原告はふて腐れた態度でこれを無視した。

③ 原告が夕食も食べようとしないため、職員が喫食するように指導したが、原告は「口の中が痛くて食べられないんだ。」とふて腐れて吐き捨てるように返答してきた。職員による原告の食事に関する気遣いに対しても、原告は、極度の興奮状態に陥り、無視して返事をしなかったり、吐き捨てる返事をしたりするなど、心情は極めて不安定で些細なことで暴行等の突発的な行為に出るおそれは十分に認められた。

(4) 同月七日

① 朝食を配った際、警備隊長が革手錠の状態を確認したところ、原告は同隊長を鋭くにらみつけた。

② 職員が朝食をきちんと食べるようにと指導したところ、原告には一瞬うなづく動静があったが、終始無言であった。

3  革手錠使用並びに保護房拘禁が解除されるに至る経緯

(1) 塚本所長は、同月四日午後五時四〇分過ぎに始まった武道の暑中稽古の納会の際に、警備隊長から、原告に対する革手錠の使用方法を両手後から右手前左手後に変更した旨の報告を受け、その措置につき承認を与えた。

(2) 塚本所長は、同月五日の登庁して間もない時期に、監督当直者であった夏川保安課長から、また、刑務所の部長らとの定例のミーティングの際にも管理部長から、いずれも原告の動静につき報告を受け、自らも同日午前中に原告の動静を視察し、同日正午前には、同日午前中の原告の動静について職員から報告を受けた。また、塚本所長は、同日、原告に対し金属手錠を使用し、後に革手錠に変更した旨の前日付けの視察表及び戒具使用書留簿並びに原告を保護房に拘禁した旨の前日付けの視察表及び保護房使用書留簿につき、それぞれ決裁を与えた。

(3) 同月六日は、塚本所長は出勤しない日となっていたため、所長の権限は監督当直者に委譲されていた。

(4) 塚本所長は、同月七日に、登庁してまもないころ、夏川保安課長と監督当直者から前記2のような同月五日の午後及び同月六日の原告の各動静について報告を受け、また、刑務所の部長らとの定例ミーティングの際にも管理部長から原告の動静について報告を受け、自らも午前中原告の動静を視察した。

(5) 塚本所長は、保安課長らの同月五日の報告内容及び自ら視察した原告の状況に、専門的知識と経験を踏まえ、革手錠を使用したうえでの保護房への拘禁を継続すべき必要性があると判断し、同月七日には、自ら視察した原告の状況から、同人がだいぶ落ちつきを取り戻しつつあるように思い、その後、同日における同人の動静を保安課長や監督当直者らより報告を受け、原告の興奮状態が治まり、心情も安定し、暴行のおそれも薄らいだので、同人に対する革手錠及び保護房拘禁の必要性がなくなったと判断し、保安課長を通じて右各措置の解除を行った。

4  金属手錠及び革手錠の使用行為並びに保護房拘禁行為の適法性

受刑者に対し戒具を使用し、保護房に拘禁する行為は、監獄の紀律ないし秩序の維持に対する侵害行為の発生の危険を予防し、制止し、鎮圧するため、あるいは被収容者の鎮静及び保護にあてるため、被収容者に対して直接あるいは間接的に強制力を行使して行政目的を実現する作用、すなわち戒護権の行使として、その要件が監獄法一九条、同法施行規則四九条、五〇条に規定されているものである。右戒護権は、紀律違反行為をした受刑者に対する懲罰とはその性質、法的根拠を異にし、当該受刑者が喧嘩事犯における一方的な被害者であったとしても、その受刑者の言動・動静に戒具使用及び保護房拘禁の要件に該当する客観的事実が認められる場合には、その行使がなされるというものである。そして、受刑者に対する戒護権の行為として戒具を使用し、保護房に拘禁する要件の有無の判断は、当該在監者のその時点での行動観察、性格、所内での行状、監獄内での保安の状況等を総合的に勘案、評価し、行刑に精通した豊富な経験に基づき専門的、技術的に判断すべきものであるため、監獄の長である所長の裁量にゆだねられており、その裁量権の行使が社会観念上著しく妥当性を欠き、権限濫用にわたると認められる場合にのみ、当該戒具使用及び保護房拘禁行為は違法となるというべきである。

(1) 金属手錠使用の適法性

原告に対する金属手錠の使用は、以下のとおり適法である。

すなわち、夏川保安課長が第二舎第八房内での原告らのもつれ合いの状況を現認した当時、原告らはけんかの様相を呈していて、その原因及びそれに対する各人の関与の度合いは不明であり、原告は、前記1のとおり、居房内で顔面を蒼白にして「あの野郎、覚えておけ。」と怒鳴り、Aが連行されていった廊下の方向をにらみつけ、職員二名に制されている両腕を振りほどこうと身体を激しく振るなどして暴れ、極度の興奮を示していた。夏川保安課長は、右のような原告の状況を現認して、原告についてAないし職員に対する暴行のおそれがあり、職員一人では制しきれず、その戒護のため緊急に金属手錠を使用せざるをえないと判断したのであり、夏川保安課長の右判断は相当である。したがって、夏川保安課長の原告に対する金属手錠の使用は、その裁量の範囲を逸脱、濫用したものではなくその範囲内の措置であって、監獄法施行規則四九条一項但書の要件を充足し、適法である。そして、夏川保安課長は、原告に対する金属手錠使用後遅くともそれから間もない第一回報告の際に、塚本所長に対し、右使用の事実及び使用の理由を報告してその承認を得ているから、右措置も同規則同条二項の要件を充足し、適法である。

(2) 革手錠使用及び保護房拘禁の適法性

原告に対し、革手錠を使用して保護房に拘禁した行為は、以下のとおり適法である。

① すなわち、原告は、保安課調室においても、連行途中においても、怒鳴り、顔面を蒼白にして極度の興奮状態を示し、肩を左右に振り、職員が制している腕を振りほどこうとし、職員をにらみつけるなどの動作を反復していた。夏川保安課長は、原告の右のような状況から、原告が職員に対して暴行のおそれがあると判断したうえ、原告の不安定な精神状態、原告の自殺未遂歴、金属手錠と革手錠のそれぞれの特質のほか、保護房は、その構造上、房扉が鉄扉であり、壁は木製素材で、便器、洗面所について突起物はないものの、モルタルでできている等から、拘禁した者が自暴自棄になって自傷行為を企てた場合、物理的にこれを阻止してその者を保護するには必ずしも十分なものとはいえないことをも考慮して、やむをえず革手錠を使用するともに保護房への拘禁を決定したのであり、夏川保安課長の右判断は適切であった。そして、夏川保安課長の原告に対する革手錠使用及び保護房拘禁行為は、第八房付近で塚本所長が夏川保安課長に対してした「革手錠を使用し、保護房に拘禁しろ。」という指示内容と同一であり、塚本所長の右指示に基づく行為と同等に評価しうるから、監獄法一九条、同法施行規則四九条の定める要件を充足し、適法である。

仮に、夏川保安課長の原告に対する革手錠使用及び保護房拘禁行為は、これを塚本所長の指示に基づく行為と同等に評価しえないとしても、夏川保安課長は、独自の判断で原告に対し革手錠を使用し保護房へ拘禁してから間もない第二回報告の際に、塚本所長に対し、右各措置を採ったことを含めて報告し、その承認を得ているから、監獄法一九条、同法施行規則四九条の定める要件を充足し、適法である。

なお、原告に対しては、革手錠の使用形態を、両手後から右手前左手後に変更しているが、その点については、変更後直ちに塚本所長に報告し、その承認を得ているのであるから、同法一九条、同法施行規則四九条の定める要件を充足し、適法である。

② 原告は、革手錠を使用して保護房に拘禁されていた期間中、革手錠使用の際に、めいっぱいきつく締められ、手首が擦りむけた旨主張するが、そのような事実はない。すなわち、原告に対しては、当初革手錠を両手後で使用していたが、その後右手前左手後に変更し、その際、革手錠のベルト穴は外側から三番目にし、原告の胴とバンドとの間に職員の握り拳を入れて、原告が革手錠使用のままでも手首を上下に十分動かせるゆとりのあることを確認し、食台の上に並べた食事を食べることが可能な状態にした。

また、原告は、戒具の使用に際し、使用の事由について事実に反する記載がある旨主張するところ、確かに、視察表と戒具使用書留簿とでは、けんかの態様につき若干の記載の違いがあるが、右記載の相違のみをとらえて本件戒具使用が違法であるということはできない。

さらに、原告は、保護房内での食事及び用便の際、革手錠を外されず、股割れズボンを使用されたが、右各行為は人権無視である旨主張するが、当初両手後に使用した革手錠を、平成元年八月四日午後五時四五分には右手を前に変更したことにより、原告は、革手錠をしたままで十分に食事を取ることができ、また右手を下方に下げることができ、また股割れズボンをはかせることにより自ら用便を行うことができたのであるから、右措置に何らの違法性はないというべきである。

③ 原告は、保護房解除にいたるまで、診察行為は一切存しなかった旨主張するが、前記2のとおり、平成元年八月四日、原告を保護房に拘禁した後直ちに准看護士の資格を持った医務課職員が原告の口内部を含む負傷部位にヒビデン消毒液及びルゴール液塗布の応急措置を施し、さらに、同月七日に医務課医師が必要な診察を行っているから、何らの違法性はない。また、原告の受傷の程度は全治二週間というものであり、原告からも傷が痛くて食べられないという訴えもなかったのであるから、同月四日時点での治療が准看護士によるものであったとしても、何らの違法はない。

(3) 革手錠使用及び保護房拘禁を同月七日午後零時過ぎまで継続した行為の適法性

革手錠を使用したうえ保護房に拘禁した期間中の原告の動静は、前記2のとおり、食事の摂取を拒否したり、職員をにらみつけたり、不貞腐れたりするというものであった。また、保護房に拘禁される以前の動静は、前記1のとおり、第八房から出房する際には「Aの野郎、覚えておけ。」等と怒鳴り、その後も怒声を張り上げていたほか、連行中も、保安課調室においても、職員の制止を振りほどこうとして抵抗し、職員をにらみつけるというものであった。ところで、職員に対する暴行という事態は、それがいったん生じてからは取り返しのつかない結果になる可能性もあり、その兆候を見落とすことは許されないうえ、特に、本刑務所がLB級の受刑者を収容する施設であることからすれば、職員に対する暴行のおそれの判断は、より慎重にするべきであるところ、右原告の動静は、原告の感情の起伏を示し、精神的な不安定さから、食事及び寝具の出し入れの際に保護房内に立ち入る職員に対し暴行に至ることを予想させるものとして、決して軽視することのできない事実である。さらに、原告の右言動からしても、原告がAに対する復讐を企てていたことは明らかであり、これを制した職員に対し、Aの味方をしているものと錯覚し、抵抗して暴行を加えるおそれが高いことは、一般のけんか事犯において仲裁者が逆に暴力をふるわれることがよくあることからしても明らかである。したがって、塚本所長が右のような原告の動静の報告を受け、また自ら原告を視察し、原告の矯正施設内での自殺未遂歴を考慮したうえ、長年の行刑の経験に基づく専門的、技術的な判断によって、原告には職員に対する暴行のおそれがあるとして、同月七日までの間、革手錠使用及び保護房拘禁の必要性が継続したと判断したからといって、右継続措置は、塚本所長に委ねられた裁量の範囲を逸脱ないし濫用したものではない。

(4) 監獄法一五条、同法施行規則四七条の合法・合憲性

原告は、監獄法一五条は、一般的、抽象的な包括規定であって憲法三一条に反する旨主張するが、同条は、在監者は、年齢、性格、性別や、被疑者、被告人又は受刑者の別、刑名のいかん、あるいは刑期の長短等にかかわらず、心身の状況により不適当と認められない限り独居拘禁に付すことができること、つまり心身の状況によって不適当と認められる者を除き、その他の者を独居拘禁に付すことができることを明確に規定したものであり、一般的、抽象的な包括規定でないことは明らかである。したがって、同条は憲法三一条に違反するものではない。

また、原告は、監獄法一五条は委任規定ではないから、同条に基づいて戒護のための施行規則四七条を規定することはできない旨主張するが、同規則四七条は同法一五条の拘禁方法である独居拘禁に付すべき者の具体的な細目的事項を規定した執行省令であるところ、執行省令は上位法令を実施するためのものとして、これを制定することは大臣の職務上当然に認められており、憲法や法律による明示の委任を要しないものとされているから、同規則四七条は、法律の委任が必要であるのにこれなくして規定された違法なものではない。

また、原告は、同規則四七条も不明確で憲法三一条に違反する旨主張するが、同規則四七条は監獄法一五条の定める独居拘禁に付すべき者を「戒護ノ為メ隔離ノ必要アルモノ」と具体化しているものであって、何ら不明確な規定ではない。もっとも、右にいう「戒護ノ為メ隔離ノ必要アルモノ」を更に具体化すれば、いわゆる刑務事故、すなわち逃亡、職員殺傷、在監者間の殺傷、自殺、自傷、火災、暴動はもちろん、刑務所内の安全及び秩序を維持するため、これに反する行為を予測して予防し、そのおそれのある場合にこれを制止し、既に侵害が生じた場合にこれを鎮圧するために、かような受刑者を他の受刑者から隔離する必要がある者をいうと解されるが、右の場合を逐一規則に規定しなければ規則が不明確であるということはできない。すなわち、受刑者を右のように戒護の必要上独居拘禁に付するかどうかの判断は、本来、刑務所長が、当該受刑者の刑期、犯歴、所内における行状、性格、他の受刑者との関係、集団生活への適応の可否、施設内の保安状況等を総合的に勘案し、行刑に精通した豊富な経験に基づき、専門的、技術的に判断すべき裁量に属する事柄であり、これを規則で網羅的に定めることは不可能であるからである。したがって、同規則四七条は憲法三一条に違反するものではない。

さらに、憲法三一条は、刑事手続法定主義を定めたものであるから、行政手続に直接適用されるものではないことは明らかであり、仮に行政手続にも適正手続が求められるにしても、監獄における行政作用は、施設の規律及び秩序の維持、受刑者の矯正・教化の目的を達成するため、監獄内の実情に詳しく、直接その衝にあたる監獄の長によって裁量的に行われるものであるから、これに刑事訴訟法等におけるような厳格な手続法定主義の原則が適用されるものではない。したがって、この点においても、監獄法一五条及び同法施行規則四七条は憲法三一条に違反するものではない。

第三  証拠〈省略〉

理由

一事実関係について

請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

請求原因2のうち、原告が平成元年八月四日本刑務所第二舎一階第八房において布団を整理する作業をしていたこと、同日原告が受傷したこと、請求原因3(1)①のうち、職員が裸足の原告を後ろ手に金属手錠を使用して保安課調室へ連行したこと、同③のうち、金属手錠を後手に使用され起立している原告をカメラで撮影したこと、同④のうち、平成元年八月四日午後四時五三分から同月七日午後零時六分までの間原告が革手錠で拘束されたまま食事、用便、睡眠の際もこれをはずされることなく保護房において拘禁されたこと、原告には革手錠による身体の自由の拘束があったこと、原告は保護房において常時テレビカメラで監視されており、保護房拘禁期間中は大便をしなかったこと、請求原因3(2)①のうち、金属手錠が監獄法一九条一項所定の戒具であること、同条及び同法施行規則四九条一項が原告主張のように規定されていること、同②のうち、革手錠が監獄法一九条一項にいう戒具であること、同③のうち、監獄法施行規則四七条、昭和四二年一二月二一日付矯正局長通達矯正甲一二〇三「保護房の使用について」、監獄法施行規則二三条、二六条が原告主張のように規定されていること、同④のうち、アについては、原告には革手錠による身体の自由の拘束があったこと、原告は保護房において常時テレビカメラで監視されており、保護房拘禁期間中は大便をしなかったこと、イについては、昭和三二年一月二六日付矯正局長通達矯正甲六五「手錠及び捕じょうの使用について」が原告主張のように規定されていること、食事及び用便にあたって、革手錠の両手の施錠を一時外しあるいは片手の施錠を外し、あるいは両手を前にしたことはなかったこと、ウについては、昭和四二年一二月二一日付矯正局長通達矯正甲一二〇三「保護房の使用について」が原告主張のように規定されていること、請求原因4のうち、塚本所長が原告に対し革手錠を使用し保護房に拘禁した行為が、被告の公権力の行使にあたる公務員がその職務を行うについてしたものであることは、いずれも、当事者間に争いがない。

そして、右各事実と〈書証番号略〉、検証の結果、証人石川収の証言、原告本人尋問の結果(但し、〈書証番号略〉、証人石川収の証言、原告本人尋問の結果のうち後記採用しない部分を除く。)、弁論の全趣旨を総合すると、次の各事実が認められる。

1  本刑務所は、執行刑期八年以上の長期刑の受刑者で犯罪傾向の進んだものを収容する刑務所である。原告は、本刑務所収容前は、暴力団○組系△組×会会長であって、強盗致傷罪により懲役九年に処せられ、本刑務所に収容されたものであり、Aは、右○組と対立関係にあった暴力団△△会系××組幹部であって、殺人罪等により懲役一八年に処せられ、本刑務所に収容されたものであり、右両名は、本件当時、ともに雑居房である本刑務所第二舎第八房に収容されていた。

なお、原告は、未決拘禁中に自殺を図ったことがあるほか、平成元年三月一日午後四時四九分ころ、本刑務所第二舎第七房内において、同衆とのけんか事犯を起こしたことにより、軽屏禁一五日間の懲罰を受けたことがあった。

2  原告は、平成元年八月四日午後四時四五分ころ、本刑務所第二舎一階第八房(別紙図面参照)中央付近において、布団を整理する作業をしていたが、同房のAから、その背後より「甲野さん。」と呼びかけられたので、振り返ったところ、突然、顔面口元付近を右手手拳で力まかせに一回殴りつけられたため、一言も発することなく、横によろめき、眼鏡が外れて同房の奥の方に飛び、さらに同人から右手手拳で一、二回殴りつけられて、意識が朦朧となり、同房南側角付近に置かれた布団と小机の間にくずれるように倒れて両膝をつき、両手で顔をかかえ、Aに背中を向けて前かがみになり、鼻血がぼたぼたと流れ落ち、口の中が切れて出血し、前歯(義歯)が一本折れたところ、原告ともつれ合うように同房南側角付近に移動したAは、全く無抵抗の原告に対し、背後から膝で背中あたりを数回膝蹴りし両手手拳で後頭部を五、六回殴った。同房のBがこれを見てAの背後に駆け寄ってその両腕を取り「やめなよ、やめなよ。」と言って同人を原告から引き離そうとし、一方、原告はAに対して反撃行為に出るような何らの素振りも見せなかった。

3  本刑務所職員である梶勝洋は、同日午後四時四五分ころ、第二舎の各房の状況を点検中、職員としては最初に、第八房内においてAと原告が中央付近から同房南側角にもつれ合うように移動してAが原告を背後から足蹴りしている状況を目撃し、咄嗟に喧嘩だと判断し、非常ベルにより保安課へ通報した。それとほぼ同時に、異常を察して第八房に集まってきた職員十数名は、房内に向かって「やめろ。」と叫ぶとともに、同房を開房して房内に入り、夏川保安課長もそのころ同房前に到着し、同房扉の左側窓から房内の状況を見て喧嘩と判断し、房内の職員に対し、「引き離して押さえろ。」と命令し、また、金属手錠の緊急使用を指示した。職員は、右指示を受け、A、原告及びBを引き離し、まず同房内においてAに両手後に金属手錠を使用して同人を房外へ連行したが、同人は、顔面を蒼白にし、職員をにらみつけるなどかなり興奮しており、職員が連行しようとしてもこれを逃れようと手足をバタつかせ、連行中の廊下においても大声を出して暴れた。職員は、Aに続いてBを房外に連行して金属手錠を両手後に使用し、さらに、同日午後四時四六分、座り込んでいる原告に対し、後手に金属手錠を使用して引き起こした。原告は、職員に引き起こされて初めて意識がはっきりしたが、Aに反撃する素振りや職員に抵抗する態度を示さなかった。原告は、右暴行により、全治二週間を要する口唇打撲、口内裂傷及び補綴物破損(義歯破損)の傷害を負い、口腔右上部、右下唇、右鼻根部つけ根等に傷痕が残った。

4  Aは、その激しい興奮状態のため、直ちに保護房に収容されるべく、職員五、六名に制圧されて保護房方面に連行された。他方、原告は、金属手錠を使用された後、事情聴取のため、二、三人の職員により裸足のまま第八房から保安課へ連行されたが、連行に際し、原告は「Aの野郎。」「あの野郎。」などとは言っていたものの、その声は大きな怒声というほどではなく、また、職員に体当たりするようにして激しく左右に肩を揺すったりしておらず、連行されまいと足を踏ん張ったりするなどして連行に抵抗することもなかった。右連行の途中、洗濯工場前付近の正面廊下(別紙図面参照)において、折から舎房への繰り込み状況を視察中の塚本所長が第二舎から同所に通りかかり、保護房前付近にいたAらと右洗濯工場前付近にいた原告らを見て、大声で「なにやってんだ。」と叫び、職員はその場に立ち止まった。塚本所長は、右職員らに対し、「なに対面させているんだ、二人とも革手錠を掛けて保護房に入れておけ。」と怒鳴って指示した。

5  Aは金属手錠を解かれて革手錠を掛けられ保護房第二房に拘禁された。Bは、所内二階の保安課調室に連行され、夏川保安課長から事情聴取を受け、「何で喧嘩したんだ。」と聞かれ、「おれは止めただけだ。」と答え、金属手錠を解かれて革手錠を掛けられ独居房に収容された。原告は、一階の保安課調室に連行され、椅子に座らされて夏川保安課長から事情聴取を受け、「どうした。」「お前は何発殴ったんだ。」「原因はなんだ。」と聞かれ、「Aにいきなりやられた。」「おれはやっていない。」「分からない。」と答え、右事情聴取の間、職員の制圧を振り切ろうともがき暴れたり制圧されていない自由な足を使って机や職員を蹴飛ばすなど攻撃的行動に出ることはなかった。夏川保安課長は、また、同室において、原告が右鼻、右唇の辺りから出血させていたため、職員を指示してその負傷部位につき写真撮影をしたが、原告は抵抗することなく、これに応じた。その後、夏川保安課長は、同日午後四時四九分、原告に対し、革手錠を両手後に使用させたうえ、職員に対し保護房への連行を指揮したが、原告は、保護房へ連行される際にも、連行に抵抗するということはなく、同日午後四時五三分、革手錠を使用されたまま保護房第一房に拘禁された。

6  革手錠は、革製の腰ベルトに腕輪二個が付けられたもので、被拘束者の腕の動きを腰周辺に制約する戒具であるところ、原告に対して使用された革手錠は、その錠がスクリュー式で中に埋め込まれ、特殊な鍵でなければ開けられないようになっているほか、その材質は牛革で、強度を増すために、ベルト中に焼き入れリボン鋼(薄い鉄板)が、また、腕輪の中には弾力性のあるカラー亜鉛塗装板がそれぞれ埋め込まれ、革手錠全体の重さは、1.4キログラムのものであった。ベルトの長さの調節は、四つの穴で行うが、原告に対してはベルト穴は外側から三番目のものが使用されたところ、その場合、右手前左手後に使用した状態で、一応右手を口元に持ち上げることができ、下方に下げることもできるものの、右手の動きはかなり制約され、木製スプーン、食器やコップを手に持ち口元に上げることができるが、いったん上体をかがませて木製スプーンや食器等を取り、それらを身体近くに引き寄せたあと、ゆっくりと持ち上げなければ口元には持ってこられず、ポリ容器のふたを取って水を食器に入れる動きもかなり制約され不自由となるものであった。

7  原告が拘禁された保護房第一房は、奥行き3.2メートル、幅二メートル、高さ2.81メートルの独居房であり、その床は、塩化ビニール製で、その壁は木製素材を使用し、その内部の具体的状況は次のとおりであった。

すなわち、被拘禁者の自傷、自殺等を防止するため、洗面場、便器を床に埋め込むことにより突起物をなくし、保護房内には、便器の水を流すペダル等はなく、被拘禁者の求めにより、職員が必要に応じて水を流す仕組みとなっていた。ガラス窓は、被拘禁者の自傷行為を防ぐため、下半分が覆われていた。また、保護房入口扉中央に、中の様子を視察するための視察口が設けられ、視察口は鉄板の小扉、強化ガラス及び鋼板に穿孔を施しているパンチングメタルで構成されていたが、パンチングメタルは、外から職員が中を視察したときに、被拘禁者に目を突かれることを防ぐためと、強化ガラスを壊して右ガラスを自傷、自殺又は職員暴行の凶器にすることがないようにするために設置されたものであった。他に、保護房に入ってすぐの右角壁面と右手奥の洗面場の上の右側壁面に、それぞれ視察口が設置されているが、この視察口は、魚眼レンズで外から房内の様子が広角で見えるようになっていて、強化ガラスで作られており、右二つの視察口の下には、通音口があった。保護房に入って右下には食器出し入れ口があるが、原告を拘禁した際には使用されなかった。換気扇は、入口正面左上部と入口手前側の扉の左下の二箇所にあり、正面のものが外気を取り入れるための吸気扇で、他方が排気扇であったが、原告を拘禁していた間は、外にあるスイッチで昼夜とも約二時間に一回、一〇分間程度作動させていた。天井には、監視用テレビカメラ、スピーカー及びマイクロフォンが設置されていたが、右テレビカメラのレンズは、広角レンズであり、保護房内のすべての部分が死角にならないよう配慮され、そのテレビカメラの映像及びマイクロフォンの音声が保安本部に通じ、二四時間職員が監視していた。保護房内の電灯としては、一個あたり一〇〇ワットの白熱電球が二個設置され、監視用テレビカメラの露出の関係で夜間も点灯されていた。

8  夏川保安課長は、原告に右のような革手錠を使用して右のような保護房に拘禁した直後、同房内において、原告の傷の状態を調べ、「右口唇部負傷」とメモを取り、また、准看護士の資格を有する医務課の職員が、応急手当てとして原告の傷口にヒビデン消毒液及びルゴール塗布液を塗ったが、その後、応急手当てをした職員が保護房から引き上げてドアを閉じる直前に、他の職員が保護房内に立ち入って夕食を入れた。同保安課長は、同日午後五時四五分、職員に指示し、原告に対する革手錠の使用態様を右手前左手後に変更したが、その際、職員は、原告の用便を考慮し、原告の着用していた私用のズボンを脱がせたうえ、官給のズボンを股割れにしてこれを着用させるとともに、夕食を下げた。原告は口の中が切れてザクザクで痛く夕食を食べれなかった。原告は、同日午後八時三〇分ころ、保護房内に備えつけられたマイクに向かって、職員に対し、水をくれるように求めたが、夜間には、横になったりうつぶせになったりして寝ていた。

9  夏川保安課長は、同月四日から五日にかけ、職員に代筆させて、金属手錠を使用したこと、革手錠を使用して保護房に拘禁したこと及び革手錠の使用態様を変更したことに関する三通の視察表(〈書証番号略〉)を作成した。また、職員は、同月四日中に、戒具使用書留簿(〈書証番号略〉)及び保護房使用書留簿(〈書証番号略〉)に、同日の戒具使用及び保護房拘禁に関する記載をした。

10  原告は、同月五日、職員が巡回視察した際、壁に寄り掛かっている状態から片膝を立てて腰を浮かせる動作を示し、同日午後一時三〇分ころには、壁に後頭部と背中をもたせかけて足を投げ出した状態から、頭を壁から離す動作を示したほか、職員に対し、保護房内の便器の水を流すよう求めたことや夜間にひとり言を言っていたことがあったが、その他に目立った行動をしたことはなかった。なお、原告は、朝食は副食を約三分の一喫食したが、昼食は喫食せず、夕食は主食副食共に約五分の一を喫食した。また、塚本所長は、同日、前日付けの前記視察表、戒具使用書留簿及び保護房使用書留簿の記載を見て、これに決裁印を与えた。

11  原告は、同月六日は、午前一〇時三〇分ころに、職員に対し、便器の水を流すよう求め、また、朝食及び昼食を続けて不食し、さらに夕食も不食したため、職員からその理由を問い質された際、「口の中が痛くて食べられない。」旨答えたほかは、特に目立った行動をしなかった。

原告は、同月七日、朝食を約五分の一喫食した。塚本所長は、同日午後零時六分、職員を指揮して、原告に対する革手錠の使用及び保護房への拘禁を解除させた。

12  原告は、保護房拘禁の間、革手錠により両手を上体の前後でほぼ固定されたことによる不自由さ及び保護房内の三〇度を超す暑さのため余り良く眠れず、革手錠による拘束により右手掌が辛うじて上下左右に動かせるだけのために用便の際のズボンの上げ下げや尻を拭くことに不自由さがつきまとい、大便をしようとしたが気分的にする気になれず、小便をするだけであり、口の中の痛みのため食事も僅かしか取れず、その食事に際しても、革手錠による拘束により右手掌が辛うじて上下左右に動かせるだけのため、腰を折り上体をかがめて食べるという不自由な恰好を強いられ、ポリ容器の蓋を取るなど両手を使用する必要のある行動をするときには足も使わなければならない等の不自然な動作を余儀無くされ、また、運動・入浴ができず、前記准看護士の資格を有する医務課の職員に薬を付けてもらったほかは、傷を医者に診察してもらっておらず治療もしてもらえなかった。

二右認定に反する次の各証拠は、以下のとおりいずれも採用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

1  まず、金属手錠を使用した前後の経緯につき、証人夏川二郎は、証言及び陳述書(〈書証番号略〉)において、「原告とAは向かい合ったまま房の中央付近から隅の方へ固まって移動し、原告がAの両袖をつかんでいたか顔面の前で両こぶしを構えていたか区別できなかったが、二人はもつれあっているように見え、また、BはAに組み付いていたので、けんかと判断し、他の職員に『引き離して、押さえろ。』と指示した。原告は、第八房内において、A及びBから引き離されて職員に制圧された際、Aの出ていった廊下の方向をにらんで『あの野郎。』などと怒鳴り、身体をくねらせて、職員の制止を振りほどこうとしていたため、金属手錠を使用した。原告は、同房から連行されていく際も、『Aのやろう。』と叫び、両足を突っ張るような動きをしていて、穏やかな状況とはいえなかった。」旨述べ、証人塚本武夫も、証言及び陳述書(〈書証番号略〉)において、「原告が同房から保安課調室まで連行される際に連行しようとする職員に体当たりするようにしてその制止を振りほどこうとし、『Aの野郎。』などと大きな声を発していた。」旨述べているほか、右夏川二郎の作成にかかる視察表(〈書証番号略〉)には、金属手錠使用の経緯につき、「原告がA及びBともつれ合い(当初の『殴り合い』との記載を訂正した。)の喧嘩をし、各人が重なりあって暴れていた。職員が背後から原告の両手を後ろ手に取り押さえ制したものの、原告が制止している職員の手を振りほどこうと身体を左右に激しく振って暴れた。」旨記載され、また、職員作成にかかる戒具使用書留簿(〈書証番号略〉)にも、「原告、A及びBが殴り合う等の喧嘩をしており、原告は背後から両腕を後手に取り押さえられたが、職員の手を振りほどこうと身体を激しく振って暴れた。」旨記載され、さらにまた、職員作成にかかる保護房使用書留簿(〈書証番号略〉)にも「原告がA及びBと殴り合いの喧嘩をなした。」旨記載されている。

しかしながら、原告の興奮状態に関する右各証拠は、いずれも原告の興奮状態を誇大に表現するものであり、そのまま採用することはできない。

すなわち、Aが、原告に対し突然に顔面を殴打し、右殴打により意識が朦朧となって房内南側角にくずれるように倒れて両膝をついた全く無抵抗の原告に対し、一方的にその背後から後頭部を殴打するとともにその背中を膝蹴りしたものであることは、Aの本件傷害事件に関するAの供述調書(〈書証番号略〉)や被告人質問調書(〈書証番号略〉)のほか、目撃者である栗原貞男、B、梶勝洋、久保田英幸の各供述調書(〈書証番号略〉)から明らかであるから、したがって、夏川管理課長が目撃したのも、その時間的流れを考慮すると、原告がAに背を向けて一方的に暴行されていたか、BがAを止めていて既に暴行されていなかったかのいずれかの状況であったとしか考えられないのであって、夏川が、右状況から、それ以前に原告もAに攻撃をしたかもしれない等の可能性を直感して、けんかではないかと推測したと考えられる限りにおいては、それなりに合理性はあるものの、それを超えて、原告とAが房の中央付近から隅の方へ固まって移動したことや原告がAの両袖をつかんでいたか顔面の前で両こぶしを構えていたかのいずれかの状態で原告がAと向かい合っていたことをそれぞれ目撃したとの夏川の右供述は、客観的事実に反したものといわざるをえないし、ましてや、「原告がA及びBともつれ合いの喧嘩をし各人が重なりあって暴れていた。」旨の視察表(〈書証番号略〉)の記載や「原告、A及びBが殴り合う等の喧嘩をした。」旨の戒具使用書留簿(〈書証番号略〉)の記載、さらには「原告がA及びBと殴り合いの喧嘩をなした。」旨の保護房使用書留簿(〈書証番号略〉)の記載は、明らかに真実に符合せず、職員がそのような状況を直接目撃していないことを考慮すると、意図的に若しくは事務形式的に真実を確認しないまま事務上一般に使用される常套的誇張的表現を記載したものといわざるをえない。また、原告は、Aの本件傷害事件においても、Aからの顔面に対する殴打を受けて意識が朦朧となり、その後の暴行状況は具体的にはわからない旨一貫して述べており(〈書証番号略〉)、これは右当時の客観的状況にも符合するから、意識が朦朧となった状態で職員に制圧された旨の〈書証番号略〉の記載や原告本人尋問の結果は、制圧された時点の状況に関する限り、十分信用することができる。さらに、職員は、Aについては、その興奮状態から直ちに保護房に収容する措置を取ろうとしたのに対し、原告及びBについては、これを保安課に連行しようとしたという前記の事実も、原告の興奮状態が著しいものではなかったことを推認させるということができるし、また、職員自身、自分たちの制圧に対し原告やBが無抵抗であってAが取った対応と異なることを認識していたことを示しているということができる。これらのことからすると、「原告は、A及びBから引き離されて職員に制圧された際、Aの出ていった廊下の方向をにらんで『あの野郎。』などと怒鳴り、身体をくねらせて、職員の制止を振りほどこうとしていたため、金属手錠を使用した。原告は、同房から連行されていく際も、『Aの野郎。』と叫び、両足を突っ張るような動きをしていて、穏やかな状況とはいえなかった。」旨の証人夏川二郎の証言及び陳述書(〈書証番号略〉)における供述や、「原告が同房から保安課調室まで連行される際に、連行しようとする職員に体当たりするようにしてその制止を振りほどこうとし、『Aの野郎。』などと大きな声を発していた。」旨の証人塚本武夫の証言及び陳述書(〈書証番号略〉)における供述は、右に説示した状況と矛盾した内容を述べるものと評価せざるをえないし、このことは、証人夏川自身、少なくとも保安課調室へ連行した段階では原告に対し革手錠使用・保護房収容の措置を考えていなかった旨の証言をしていることによっても裏付けられ、次に、「職員が背後から原告の両手を後ろ手に取り押さえ制したものの原告が制止している職員の手を振りほどこうと身体を左右に激しく振って暴れた。」旨の視察表(〈書証番号略〉)の記載や、また、「原告は背後から両腕を後手に取り押さえられたが職員の手を振りほどこうと身体を激しく振って暴れた。」旨の戒具使用書留簿(〈書証番号略〉)の記載も、前同様、意図的に若しくは事務形式的に真実を確認しないまま事務上一般に使用される常套的誇張的表現を記載したものといわざるをえない。

以上の事情等を総合すると、前記の夏川ないし塚本の供述(証人尋問及び陳述書)並びに視察表及び戒具使用書留簿ないし保護房使用書留簿は、原告とAとの間の本件関わり合いがいわゆるけんか状態であって、原告は非常に興奮していたということを過度に強調したものであって、前記認定に反する部分は、これを信用することはできないといわざるをえない。

2  また、原告に革手錠を使用し、保護房に収容した経緯に関しては、証人夏川二郎は、証言及び陳述書(〈書証番号略〉)において、「原告は、保安課調室において、やくざ特有のまき舌で『Aにいきなりやられた。あの野郎許せない。』と吐き捨てるように述べ、身体を小刻みに震わせ、顔面を蒼白にし、また、職員に腕がらみにされていることにいらだち、左右の肩を振り腕を振りほどこうとするなど、極度の興奮状態にあった。」旨述べ、前記の視察表(〈書証番号略〉)及び戒具使用書留簿(〈書証番号略〉)ないし保護房使用書留簿(〈書証番号略〉)にも、「顔面を蒼白にして身体をぶるぶる振るわせ、職員の制圧を振り切ろうともがき、暴れ、時には『あの野郎』等と怒鳴りつけ、著しい興奮状態にあった。」旨記載されているが、これらも、原告の興奮状態を誇大に表現するものであり、そのまま採用することはできない。

すなわち、右夏川も、その証言において、「原告は、右保安課調室において、『どうした。』との問いに『Aにいきなりやられた。あの野郎、許せない。』と、『お前は何発殴ったんだ。』という問いに『おれはやっていない。』と、『原因はなんだ。』との問いに『分からない。』と、それぞれ答えた。職員からの事情聴取はそれくらいであった。」と述べているところ、「あの野郎。」との興奮した発言があったかどうかを除くと、原告は、職員の事情聴取の質問に対して、全て正直に自分の知っている答えをしていることは、前記一の認定事実から明らかであって、職員の事情聴取に応じないとか、全く質問とは関係がない言動をしていたとの事実は存在しないし、また、その際、原告が制圧されていない足を使って机や職員を蹴飛ばすなどの行為に出ていないことも、証人夏川の証言から明らかである。加えて、職員は、右保安課調室において原告の負傷部位等を撮影した複数の写真を撮っており、右写真は保安課調室内における原告の興奮状態を示す手掛かりとなるはずであるが、この点につき、原告は「素直に写真撮影に応じ、一人で写っている写真もあった。」旨供述しているのに対し、証人夏川二郎は「職員が原告の両腕を制して撮影をした。」旨証言しているところ、本件傷害事件は、旭川刑務所職員が司法警察員ないし司法巡査として自ら捜査を担当し(〈書証番号略〉)、所長名で告発したものであって(証人塚本)、右写真がその重要な証拠であることは当時から十分認識していたはずなのに、証人夏川二郎は「不要になったので、右写真をひと月位後に焼却した。」とのきわめて不自然な証言をしており、右写真には証人夏川の証言内容に反する状況が撮影されているのではないかとの疑いを抱かざるをえず、証人夏川の証言の信用性を失わせるものというべきである。

さらに、原告の興奮状態が著しいものではなかったことについては、保護房に拘禁された後の原告の言動からも窺われるといわざるをえない。すなわち、証人夏川は「原告の興奮状態及び暴行のおそれは、平成元年八月四日から同月七日の午前まで継続していた。」旨証言するものの、その理由となるべき原告の言動に関しては「職員の視察に対し、鋭い目付きで睨み付けた。」「語気鋭い言葉や不貞腐れた言葉を述べた。」などの職員の主観に頼ったものが多く、客観的にみる限り、原告が、右保護房に拘束された直後を含めて何度も配食等のために同房内に入室した職員に対し、自由になる足等で蹴りかかり、あるいは、体当たりを加えるなどの暴行に及んだことはもちろん、それらしき行動を示したことさえないし、右の「語気鋭い」とされる言葉についても、その中身は、飲水を求めたり、使用した便器の水を流すことを求めるものであって、きわめて当然の要望を述べたにすぎず、他に、原告が保護房に拘禁された間に暴行に及ぶ可能性を示唆する言葉を述べたことは全く存在しない。なお、原告は、食事を不食することはあったものの、原告が口唇打撲、口内裂傷及び補綴物破損(義歯破損)という口の内外の負傷を負っていたこと(右負傷の加療期間は二週間となっているものの、原告は、本件傷害事件から約四〇日を経過した同年九月一三日、検察官の取調べに対し、「私の傷は二週間位で出血がおさまり、肉がくっつくようになりました。しかし、見てもお分かりのように口の右上や下唇、右鼻の付け根や口の中に今でも傷痕が残ってしまいました。」と述べていること(〈書証番号略〉)に照らすと、相当程度の負傷であったと認められる。)からすれば、不食するのもやむをえず、不食の事実をもってこれを直ちに原告の反抗的態度の現れと理解することはできないし、職員も、右負傷部位に応急的治療を加えたり、写真を撮影した以上は、これを認識していたか、少なくとも十分認識しえたというべきである。また、前記の証人夏川のいう「不貞腐れた」言葉とは、「どうして食事を食べないのだ。」との質問に対して、「口の中が痛くて食べられないんだ。」と返事をした言葉を指すところ、その言葉の内容は、右のとおり真実であるというべきであるから、これをもって、原告の暴行のおそれを裏付けることはできない。それにもかかわらず、食事や用便等の際も革手錠で拘束したまま、ずっと保護房に拘束すべき原告の「暴行のおそれ」が継続していたとしていること(〈書証番号略〉の視察表等)からすると、本刑務所職員の「暴行のおそれ」に関する判断は、きわめて抽象的かつ形式的に行われていたのではないかということを疑わざるをえない。

以上に述べた事情からすると、保護房に収容される当初から原告の興奮状態及び暴行のおそれが継続していた旨の夏川の証言は信用できないというべきである。

これらの諸事情を総合して勘案すれば、結局、原告に革手錠を使用して保護房に収容した経緯に関する前記認定に反する右各証拠は、原告の興奮状態を過度に表現するものとしてそのまま採用することはできないといわざるをえない。

3  また、証人塚本武夫は「平成元年八月四日午後四時三〇分ころ、本刑務所の所内巡視を始め、第二舎二階第一四房か第一五房にさしかかった際に、第二舎一階での異常な物音を聞きつけたため、階下に下り、職員の集まっている第八房に向かったところ、第一〇房前から第九房付近にさしかかったあたりで、第八房から連れだされてくる原告を目撃し、第九房と第八房の境目あたりから、五、六メートル前方にいた夏川保安課長に対し、『原告に革手錠を使用して、保護房に拘禁しろ。』と大きな声で指示を発した。看守に注意された被収容者がひそひそ声で話すことはあったが、大声で喋る被収容者はいなかった。その指揮は、保安課長や周囲の看守に聞こえたと思った。なお、私は、原告が第二舎階下第八房から保安課に連行される途中で原告に会ったことはない。」旨証言する。

しかしながら、被告は、当初の弁論では二回にわたり、職員が原告を保安課調室に連行する際に、原告と塚本所長が会ったことを認めていたうえ、被告が、塚本所長が第二舎一階第一〇房ないし第九房付近から連行されていく原告を目撃して右の指示を発した旨の主張をし始めたのは、第一二回口頭弁論期日以後であり、証人夏川も、当初の被告の主尋問(第八回口頭弁論期日)では、塚本所長の命令の存在に全く触れず、第九回口頭弁論において突然、「所長の命令がなされたが、私には聞こえなかった。」との証言をし始めたことなど、本件訴訟審理の経緯からする不自然さは否めないし、前記の視察表(〈書証番号略〉)には、革手錠の使用、保護房の収容の指揮者は、いずれも看守長夏川二郎と記載され、所長もこれに承認印を押しているところ、右視察表は、夏川の部下が下書きしたものであるから、所長が保安課長や周囲の職員に聞こえるように発した指示が、夏川のみならず、右下書きをした職員にも聞こえなかったということになるうえ、戒具の使用については、法令(監獄法施行規則四九条)上、原則として、所長の命令がなければこれを使用できないとされているのであるから、所長としては、戒具の使用が自己の命令に基づくものであるかどうかについて十分注意を払っていたはずであるにもかかわらず、夏川らに事実確認をしないまま漫然と、自己の命令の存在を記載していない視察表に承認印を押したことになることなど、証人塚本武夫の証言は、内容的にも不自然かつ不合理な点があり、これを採用することはできない。

4  〈書証番号略〉、原告本人尋問の結果中には、原告主張の請求原因事実に沿い、前記認定事実を超え、または、右認定事実に反する部分もあるが、直ちにこれを真実といいうるのか断定できず、いずれも採用しえない。

三違法性について

1  法的根拠及びその要件

金属手錠、革手錠の使用及び保護房拘禁は、行刑施設としての監獄の安全及び秩序を直接強制力をもって維持する作用たる戒護権の具体的な手段として、監獄法及び同法施行規則等に基づいて認められているものである。

すなわち、まず金属手錠及び革手錠の使用についてみれば、監獄法一九条一項は、「在監者逃走、暴行若クハ自殺ノ虞アルトキ又ハ監外ニアルトキハ戒具ヲ使用スルコトヲ得。」と規定しているところ、右にいう戒具の種類は、同法施行規則四八条一項により、「戒具ハ左ノ四種トス。一 鎮静衣 二 防声具 三 手錠 四捕縄」と規定され、さらに、戒具の製式を定める昭和四・五行甲七四〇司法大臣訓令「戒具製式改定ノ件」は、手錠の種類として金属手錠及び革手錠を規定している。そして、同規則五〇条一項は、「鎮静衣ハ暴行又ハ自殺ノ虞アル在監者、防声具ハ制止ヲ肯ンセスシテ大声ヲ発スル在監者、手錠及捕縄ハ暴行、逃走若クハ自殺ノ虞アル在監者又ハ護送中ノ在監者ニシテ必要アリト認ムルモノニ限リ之ヲ使用スルコトヲ得。」と規定している。また、同規則四九条は、「戒具ハ所長ノ命令アルニ非サレハ之ヲ使用スルコトヲ得ズ。但緊急ヲ要スルトキハ此ノ限ニ在ラズ。前項但書ノ場合ニ於テハ使用後直ニ其旨ヲ所長ニ報告ス可シ。」と規定している。したがって、金属手錠及び革手錠の使用は、同法一九条一項、同規則四八条、四九条、五〇条一項にいう戒具であり、暴行、逃走、若しくは自殺の虞れがあるときに、緊急を要するときを除き所長の命令により、これを使用することができるものであって、右実体的・手続的要件を欠くときは違法となると解される。

また、保護房拘禁についてみれば、監獄法及び同法施行規則上「保護房」との名称を用いた規定は存せず、保護房拘禁を許容した直接の規定は存在しないところ、同法一五条は「在監者ハ心身ノ状況ニ因リ不適当ト認ムルモノヲ除ク外之ヲ独居拘禁ニ付スルコトヲ得。」と規定し、同規則四七条は、「在監者ニシテ戒護ノ為メ隔離ノ必要アルモノハ之ヲ独居拘禁ニ付ス可シ。」と規定しており、この規定に基づき、昭和四二年一二月二一日付矯正局長通達矯正甲一二〇三「保護房の使用について」は、被拘禁者の要件として、「逃走、暴行・傷害、自殺、自傷のおそれがある者、制止に従わず、大声または騒音を発する者及び房内汚染、器物損壊等異常な行動を反復するおそれがある者で、普通房内に拘禁することが不適当と認められる被収容者に限ること。」と規定し、これに基づき保護房拘禁がなされている。したがって、保護房拘禁は、独居拘禁の一態様と考えられ、戒護のため必要ある者に適用されているということができるところ、必要ある者かどうかは右規定の体裁・内容上、刑務所当局の裁量によるものというべきであるが、保護房拘禁が受刑者を隔離してその生活を監視するものとしてその心身に相当強度の影響を及ぼすといいうることを考慮し、また、右通達により「保護房」拘禁が直接的に具体化されていることを考えれば、右裁量は、右通達の定める範囲でされるべきであって、少なくともこれを超えるときは、裁量の範囲を超えたものまたは裁量権限を濫用したものとして違法となると解される。

原告は、監獄法一五条、同法施行規則四七条が憲法に反するというが、監獄法一五条は、所定の法手続により刑務所への拘禁が決定された者につき適用される拘禁の一態様としての独居拘禁を定めたもので、心身の状況により不適当な者という文言は、法律規定の一般性・抽象性を考えれば、許容される日本語表現として十分の限定性・具体性を持っており、したがって、それ以外の者を独居拘禁に付すことができるという規定の内容は明確であって、憲法三一条に反することはない。同法施行規則四七条は、監獄法一五条の規定する者のうち更に一定の限定された者につき独居拘禁を義務づけたものであり、法律の規定の範囲内で施行規則を定めうることは当然であって、明示的に「委任する」との文言がなければ施行規則を定められないということはないから、原告主張の憲法の各規定に反しない。同法施行規則四七条は、規則に許容される日本語表現として十分の限定性・具体性を持った文言を用いており、明確であって、原告主張の憲法の各規定に反しない。

次に、国家賠償法一条一項は、公権力の行使に当たる公務員がその行使に際して負う職務上の法的義務に違背した職務の執行をしたことにより与えた損害を賠償するものというべきであるから、当該公権力の行使の違法性の有無の判断については、その行使の時における事情を基礎に当該公務員の認識した事情及び認識しえた事情の下で具体的法的義務を確定しなければならないし、その法的義務違背の有無を判断しなければならない。

2  金属手錠使用の違法性について

右認定の事実によれば、原告は、事後的に見れば、Aの暴行の客観的被害者であることは明らかであるものの、本刑務所職員である梶勝洋において、Aと原告が第八房内の中央付近から南側角にもつれ合うように移動してAが原告を背後から足蹴りしている状況を目撃し、咄嗟に喧嘩だと判断し、非常ベルにより保安課へ通報し、夏川保安課長において、同房扉の左側窓から房内の状況を見て喧嘩と判断したという具体的事情の下においては、たとえ目撃した瞬間には、Aから原告に対して暴行が加えられていたとしても、通常、暴行に至るにはその原因があるのであるから、右状況を目撃した職員が、原告もAに対して暴行等の働きかけをしたのではないかと考え、本件が喧嘩事犯であると判断したことにはそれなりに合理性があるし、さしあたっては、ひとまず三者を引き離したうえ、事態を沈静化させ、右三者間で暴行・傷害行為の継続・発展することを第一義的に防止する必要があり、このことは、原告とAがもともといわゆる暴力団員であることを考慮すれば、緊急に必要なことというべきである。したがって、右三者さらには同房者から事情聴取等を行って事態を正確に把握する必要もさることながら、右緊急な処置が要請される前記時点での状況においては、右のような事情聴取等を行う間もなく前記目撃状況から咄嗟に喧嘩と判断し金属手錠を緊急使用したことは、当事者間での暴行のおそれがあるとの判断としてむりからぬところがあり、前記戒具使用の要件に照らし、右時点で要請される職務執行として違法性がないというべきである。

なお、右金属手錠を使用した状況が予め所長の許可を得る余裕のない緊急の必要性がある場合であったことは明らかであり、翌五日には視察表及び戒具使用書留簿により金属手錠使用につき塚本所長に報告がされている。

3  革手錠使用及び保護房拘禁の違法性について

前記認定の事実によれば、原告は、第八房内で職員に引き起こされた後保安課調室に連行されていく途中、Aから一方的に暴行を受けた者の心理・感情として、憤懣を抱き、したがってまたそれなりに興奮していたとはいいうるものの、憤激し強く興奮していた状況でなく、現に、夏川保安課長も、金属手錠を使用した際、Aについては革手錠を使用して保護房に収容することにしていたのに対し、原告やBについては保安課調室において事情聴取をする意図を持っていたのであって、両者につき異なる認識と評価をしていたことが明らかである。そして、原告は、右保安課調室において、夏川保安課長から「どうした。」「お前は何発殴ったんだ。」「原因はなんだ。」と聞かれ、「いきなりAから殴られた。」「おれはやっていない。」「わからない。」と全て正直に自分の知っている限りの答えをし、職員の事情聴取に応じないとか、全く質問とは関係がない言動をしていたとの事情はないし、その際、原告が制圧されていない足を使って机や職員を蹴飛ばすなどの行為に出ておらず、職員による写真撮影にも、抵抗することなく、これに応じていることは前記のとおりであるから、原告の興奮状態はそれほどのものではなく、少なくとも、金属手錠を使用したときと比較して原告の興奮状態がひどくなったとはいえないことは明らかである。また、Bや原告に対する事情聴取により、さらに、原告のかなりの受傷状況により、事態が単なる喧嘩でなく、Aの一方的暴行・傷害事案で原告が全くの被害者であることが認識できたはずである。したがって、この時点で革手錠を使用するための要件である「暴行のおそれ」があると判断したことは、要件がないと判断できたのにあると判断を誤った違法があるというべきであり、また、保護房に収容するか否かを決する裁量の基準となる「逃走、暴行・傷害、自殺、自傷のおそれがある者、制止に従わず、大声または騒音を発する者及び房内汚染、器物損壊等異常な行動を反復するおそれがある者で、普通房内に拘禁することが不適当と認められる被収容者」という事由に照らし、「暴行のおそれ」があるとの判断のもとに保護房収容が適当と判断したことには裁量の範囲を超え、又は、裁量権限を濫用した違法があるというべきである。この点につき、証人夏川は、原告やBに対する事情聴取が極めて短時間であった旨証言するところ、前記の金属手錠を使用した際は、ひとまず三者を引き離して事態の沈静化を計り暴行・傷害の継続・発展を防止するという緊急の必要があったのに対し、右時点では右目的は達成され、右のような緊急性はなく原告の自由を制約するという以外の必要性はないのであるから、事態の正確な認識のために原告やBに対する事情聴取を詳細に行うとか、要すれば同房者から事情聴取するなどのことができたはずであって、仮に右証言のとおりとすると全く安易・軽率に「暴行のおそれ」があると判断し革手錠使用・保護房収容の処置を取ったということになり、いずれにしろ、右時点で職員としてなすべき職務上の法的義務に違反した違法があるといわざるをえない。なお、それにもかかわらず、夏川保安課長が原告に革手錠を使用して保護房に収容することにしたというのは、結局、塚本所長が、洗濯工場前付近の廊下において、職員に対し、「なにやってんだ。」「二人とも革手錠掛けて保護房に入れておけ。」と職員に命令し、夏川課長がこれに従わざるをえなかったからであると考えられる。

ところで、証人夏川は、原告の「自殺のおそれ」をも考慮して判断した旨述べるものの、原告に対する戒具の使用や保護房への収容について、その事実やその理由等を記載した前記の視察表、戒具使用書留簿、保護房使用書留簿のいずれにも、「暴行のおそれ」については多くの記載があるものの、「自殺のおそれ」について記載したものが一つもないことに照らし、全く信用できないし、前記のような事実関係に照らせば、原告に自殺未遂歴があることを勘案しても、「自殺のおそれ」があったということはできず、仮にそのような判断をしたとしても違法であることに変わりはない。

したがって、原告に革手錠を使用して保護房に拘禁したことは違法というべきである。

なお、原告は、革手錠使用・保護房拘禁の具体的実施態様において、監獄法施行規則や昭和三二年一月二六日付矯正局長通達矯正甲六五「手錠及び捕じょうの使用について」、昭和四二年一二月二一日付矯正局長通達矯正甲一二〇三「保護房の使用について」に違反する違法があると主張するところ、右のとおりの理由で革手錠使用・保護房拘禁が違法であるから、右主張の点には言及しない。

四故意又は過失について

塚本所長は本刑務所の所長として、夏川保安課長は所長の指揮の下にその指示に従い、他の職員とともに、刑務所の紀律及び秩序を維持するとともに、受刑者の安全と保護を図り、受刑者に対し違法な処遇を課することのないよう注意すべき職務上の義務を有しているところ、前記説示したところによれば、塚本所長は、保護房の入口付近で騒いでいるA及び同人を取り押さえている職員並びに金属手錠を使用されて職員により連行されている原告を見た際、右のような事態に至った事情を職員からの報告を受けて調査したり、原告の興奮状態を見極めたりすることによりその要件ないし必要性の有無を検討し、革手錠使用・保護房拘禁の処置の可否を決すべきであるのに、右の検討を怠り、原告には革手錠を使用するだけの法定の要件がないにもかかわらず、また、保護房へ拘禁すべく裁量すべき事由がないにもかかわらず、漫然と直ちに革手錠を使用して保護房に拘禁することを指揮したのであるから、塚本所長には右違法行為をするについて右のとおりの過失があり、夏川保安課長は、保安課取調室で事情聴取したことを含めそれまでに認識した事情により原告には革手錠を使用するだけの法定の要件がないことが判断できたのに、また、保護房へ拘禁すべく裁量すべき事由がないと判断できたのに、いずれも、容易にこれがあると判断し又は必要な事情聴取を行わないまま安易にこれがあると判断した点に過失があったと認められる。

もっとも、故意があったとまでは認められない。

五国家賠償責任について

原告に対する革手錠使用・保護房拘禁の行為は、被告の公権力の行使にあたる公務員がその職務を行うについてしたものであるところ、前記説示によれば、原告は、これにより、刑務所に拘禁されるという一般的制約以上の肉体的拘束を受け、精神的苦痛を被ったことが認められ、前記認定にかかる原告の肉体的拘束の程度、時間、違法行為の内容その他本件に顕れた一切の事情を総合考慮すると、これに対する慰謝料は金四〇万円と認めるのが相当であり、また、原告はこれにより、原告訴訟代理人に委任して本件訴えを提起して損害の回復を図る必要があったと認められ、本件事案の内容、損害額、その他一切の事情を総合考慮すると、本件と相当因果関係のある弁護士費用相当額は金一〇万円というべきである。したがって、被告は原告に対し国家賠償法一条一項に基づきこれらの損害を賠償すべき責任がある。

六結論

以上によれば、原告の本訴請求は、金五〇万円及びこれに対する本件違法な職務執行行為の日である平成元年八月四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担については、民事訴訟法八九条、九二条を適用し、なお、仮執行宣言については、認容金額、被告の支払能力等を考慮し、必要がないと認め、これを付さないことして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官若林諒 裁判官吉村典晃 裁判官波多江久美子は、転官のため、署名、押印することができない。裁判長裁判官若林諒)

別紙〈省略〉

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